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名古屋高等裁判所 昭和51年(ラ)88号 決定 1976年8月03日

再抗告人

野沢尚高

右訴訟代理人

和藤政平

外一名

主文

本件再抗告を棄却する。

再抗告費用は再抗告人の負担とする。

理由

再抗告代理人の再抗告理由について

一原決定が適法に確定した事実は次のとおりである。

本件預託証書は、名四ゴルフ株式会社発行にかかる保証預託証書(名四カントリークラブ正会員証書)であつて、表面に「保障金額証書¥400,000上記金額は名四カントリークラブ会則に基づく保証金としてお預りいたし会員の証としてこの証書を発行いたします。本保証金は五ケ年据置とし以後は御請求により、三カ月以内に本証書と引換えに返却いたします。この場合、会員の資格は喪失いたします。クラブ会則九条に基づき譲渡することができます。但し理事会の承認を要します。」とあるほか、名宛人(権利者)の記載があり、表面に右名宛人又はその譲受人から譲渡を受けて右クラブの会員になつた者の住所、氏名、入会登録、年月日の各記載欄及び押印欄並びにクラブ理事会の承認のための押印欄があるものである。そして右のゴルフクラブ会員として不適当な者が右クラブの会員となることを防止するため、クラベへの入会、即ち本件預託証書の発行を受けるためには会員の紹介とクラブ理事会の承認が必要とされ、右権利の譲渡についても理事会の承認が必要とされており、権利者はクラブ備付の名簿に登録され、右証書がなくても所定のゴルフ場でプレーできるのである。

二所論は要するに本件預託証書は有価証券であり、公示催告の手続によつて無効となすことができるものであるというのである。

(一)  しかし、有価証券とは、財産的価値を有する私権を表章する証券であつて権利の発生 移転行使の全部又は一部が証券によつてなされることを要するものと解されるところ、まず本件預託証書には、権利者の名四ゴルフ株式会社に対する預託金返還請求権が記載されているけれども 右請求権は本件預託証書がなくとも、権利者が名四ゴルフ株式会社に対して金員を預託すれば当然に発生するものというべく、右の請求権が本件預託証書によつて発生したものということはできない。また本件預託調書には「本保証金……本証書と引換に返却いたします。」と記載されているけれども名四ゴルフ株式会社は名四ゴルフクラブ会員に対して右の預託金の返還義務を負つているものであるから、本件預託証書の名義人ではない所持人(譲受人か否か不明の者)が預託返還請求権を行使してきても、その者に対して、預託金を返還する義務を負うものではないのである。

(二)  また、除権判決の前提をなす公示催告の対象となりうる証券の範囲は、実定法に規定されているものと限られるところ、所論は必ず本件預託証書を民法施行法五七条所定の指図証券に該当するというのであるが、原決定の前記認定事実によれば、本件預託証書には、指図文句の記載も裏書によつて譲渡するための裏書欄も設けられていないのであるから民法施行法五七条の指図証券でないことは明らかである。

もつとも本件預託証書の裏面には、会員氏名欄が設けられており、同証書に記載されている前記ゴルフクラブ会員の資格を取得し入会登録した新たな会員の氏名欄をそこに記載し、理事会の承認印を押すことになつており、その裏面知関するかぎり無記名証券たる記名株券の裏面と同様の体裁をととのえているけれども、原決定の前記認定事実就中会員として不適当な者の加入を防止するために預託証書に記載されている権利(ゴルフクラブ会員の資格及び保証金四〇万円の返還請求権)を譲渡するにはクラブ理事会の承認を要するものとされ、このことが預託証書に明記されていることからすれば、本件預託証書にはそもそも右の権利について株式のごとき高度の流通を予定してこれを保障助長するために右権利を表章する証券として発行されたものとはとうてい解しがたいから、右の権利を移転するには、この証書を交付さえすればよいとしたものでもなく、この証書の正当な所持人をそのままその権利者としたものでないというべきである。また右の権利行使に右証書の所持が絶対的に必要とされているとも解しがたい。従つて、本件預託証書は、昭和四一年法律第八三号の改正商法上の記名株券のような無記名証券とみることもできない。

次に所論は本件預託証書は商法五一八条所定の有価証券に該当すると主張するけれども同法所定の有価証券は民法施行法五七条の有価証券に包含されるものであり、右に判断したところによれば、本件預託証書は同法条所定の指図証券、無記名証券、記名式所持人払証券のいずれでもないからこの点に関する再抗告人の主張は理由がない。

(三)  ところで、ある証書について除権判決による無効宣言を認めるか否かはその証書上の権利が、無権利者から証書を取引によつて取得した者に善意取得が認められるか否かにかかつているということができる。右に判断したところによれば、本件預託証書上の権利を譲渡する場合には、理事会の承認を要する旨が記載されている以上、名四ゴルフ株式会社に対する前記の権利について善意取得を認めることはできないものという他はない。

(四)  してみれば、本件預託証書については除権判決による無効宣言を認めることは不適当であり、右証書はしよせん指名債権証書にすぎないものというべく、これが有価証券であることを前提とする再抗告人の主張はすべて採用することができない。

三なお、再抗告理由四について付言するに、所論は証書の性質について争いの存する場合には、公示催告を許すべきであるというのである。しかし当裁判所は前記のように本件預託証書は有価証券ではないと判断するのであつて右の証書が有価証券ではない以上、右について除権判決をすることは無用であるというべきである。

四よつて原決定は相当であつて本件再抗告は理由がないからこれを棄却することとし、再抗告費用は再抗告人に負担させて、主文のとおり決定する。

(丸山武夫 杉山忠雄 高橋爽一郎)

再抗告理由書《省略》

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